縁結びの神「高崎観音」は、本当に縁結びの神様?

高崎駅西口からバスで20分のところにある観音山。白衣観音で知られる観音山は縁結びで有名です。なぜ縁結びで有名なのかというと、バレンタインデーから1か月間、観音様の小指から赤い糸を伸ばすそうです。実は、この高崎観音は縁結びのために作られたものではありません。

高崎観音が作られた理由


戦前、高崎には大日本帝国陸軍歩兵第15連隊がありました。高崎観音は、高崎に駐屯していた大日本帝国陸軍歩兵第15連隊の戦没者の慰霊として実業家の井上保三郎さんによって昭和11年に建立されました。昭和11年というと二・二六事件が起こった年ですね。

高崎白衣大観音
高崎駅からバスで20分。高崎の市街地を見渡せる小高い山(観音山)の山頂に位置する白衣大観音。観音山の麓にある護国神社から徒歩で30分くらいで登れる山なのでウオーキングにも最適です。ただ、山頂までの道は車どおりは少ないですが、歩道が整備されていないので注意して登るようにして下さい。車で行く場合には和田橋の下に駐車場がありますので、そこから歩くと山頂まで1時間くらいです。
所在地群馬県高崎市石原町2710-1
利用時間年中無休
建立1936年(昭和11年)
サイズ高さ:41.8m 重さ:5,985トン
材質鉄筋コンクリート
文化財登録登録有形文化財

陸軍歩兵第15連隊ってどのにあったの


歩兵第15連隊は現在の高崎城址公園がある場所にありました。高崎城は、上野国高崎藩の初代藩主イケメンで有名な「井伊直政」によって築城されました。その後、廃城令により城はなくなり跡地に歩兵第15連隊の駐屯地となりました。歩兵第15連隊は、宇都宮の第14師団直轄部隊としてパラオに駐留し、ペリリュー島の戦いで多くの犠牲者を出し終戦を迎えました。パラオは日本の統治領となっていましたが、親日でも有名な国で、統治時代に病院や学校を作り住民の生活環境の整備に力を入れていたと言われています。戦後、パラオは、国連の太平洋信託統治領となり、1981年に独立しましたが、パラオの国旗をみるとその親日ぶりが伺えます。

観音山の麓には護国神社


観音山に登るとき、群馬県護国神社があります。護国神社とは、戦死など国家のために亡くなった人やを祀るため作られた神社です。戦前は、国で管理していましたが現在では宗教法人となっており、神前結婚式や七五三、厄除けなども行っています。

見どころ


高崎観音のある観音山公園も高崎城址公園も戦争に関する史跡ではありますが、どちらも群馬県では有名な桜の名所です。観音山は遊歩道も整備されており、妊婦さんや高齢の方の散歩には最適だと思います。遊歩道の周りには懐かしい売店が立ち並びダルマなどの群馬の特産品の販売や飲食ができるようになっています。歩き疲れたらちょっとお茶なんてこともできます。ちょっとした地方旅にみなさんもぜひ行ってみてはいかがでしょうか。

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